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2006年09月13日

ゼロエミッション

ゼロエミッションとは各企業体から出る廃棄物をゼロにしようという運動である。工場などの大手メーカーでは,ほぼその体制が作られているようである。問題なのは現場施工の建築現場においてそれをしようという動きである。大手ゼネコンでもまだ数が少ない。
ゼロエミの定義は廃棄物の100%資源化で最終処分をゼロにすることである。ここで大林組のゼロエミ活動の一部を紹介する。
 取組みに際し,意識の共有化,発生抑制,効率的分別,再資源化の4ステップで始める。意識の共有ではその現場で働く職員,職人の意識向上を目指す。これによってこの現場だけでなく家庭や各職場にも持ち帰ることができる。
発生抑制については,建設廃棄物削減対策シート(ゼロエミシ-ト)を各協力事業所で作成する。簡単に言うと現場に持ち込む資材の現状→廃棄しなければならない材料の明確化→それをいかに削減するかという案→結果的に最終廃棄物がどれくらいになるかという試案で構成される。つまりこのシートを作成することによって具体的な廃棄物を浮かび上がらせ工夫をし,目標値を明確にすることになる。
発生対策では仮設材特に養生材料をどれだけ使い回しをすることができるか,また,材料の梱包材をいかに減らすかが目標になる。例えば従来のダンボールを通い箱変えることによってリサイクル率を上げるなどである。さらに石膏ボードなどの定着物を使って現場施工をなくすなどの工夫が考えられる。
効率的分別は「これは捨てえてはならない」「こんな状態で捨てる」「リサイクルでこうなる」といったイメージを抱かせながら,リサイクル工場に送り込める状態にするのである。
注目すべきは,一斉清掃などで集められた混合廃棄物を,まずはふるいにかけて砂を分別し,その後,磁石で金属を取り除き,最後に水で木を分別するという分別方法を採用した例がある。これはまさにリサイクル工場のミニ版である。
こうして考えると完全100%は無理であるかもしれないが,ほぼ目標値には到達することも可能である。
私が環境問題に取り組みだしたのは10年前であるが,そのときは否定材料ばかりだったが,なんだか感慨深い思いである。

2006年09月11日

道路脇に咲く野草

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最近は行政の予算が少ないから,歩道の植込みの手入れの回数が少ない。そのため道路脇には,どこからきたのか野草がちらほら咲いている。これが また 野性的で面白く,以外に美しい。たぶん,野鳥が糞とともにちりばめたのだと思うが,野草の力強さを感じる。これらの野草は鳥の糞でばら撒かれたのだから,実を結ぶ植物が多い。これまた美味しそうである。鳥が食しても問題な猪のだから人間も食べても問題なさそうだが,ちょっと勇気が湧かない。

2006年08月27日

■髪型

自分の希望とは違う髪形にされ、東京・渋谷の美容院に損害賠償を求めたキャバクラ嬢を覚えているだろうか。24日、この訴訟の2審判決が言い渡され、東京高裁は美容院側の控訴を棄却。約24万円の支払いを命じた1審判決を支持した。
これでキャバクラ嬢の2連勝。1審判決の時は、全国紙にまで報じられ、すっかり時の人となった彼女は「日本一有名なキャバクラ嬢」などと騒がれ、一部メディアに私生活のことまであれこれ書かれたものだ。日刊ゲンダイ本紙の取材にも「ホント、綾小路きみまろみたいな髪にされちゃったんです!」「髪が元通りになるまでエクステンション代だけで月に6万~7万円。24万円でもホントは足りないんですよ」と怒りをブチまけていたが、今はどうしているのか。 御年27歳。「キャバクラ嬢も“引退”かな」と思いながら、所属していた歌舞伎町の高級キャバクラをのぞいたら……。まだ、同じ店で働いていた!
店のHPには彼女の日記が掲載してあり、最近は「めちゃくちゃだるい」とお疲れ気味。だが、2審判決のあった24日には「今日うれしいことあったんだ」と書かれてあった。
判決文によると、彼女は月に200万円を稼ぐこともあるんだとか。やっぱり、オイシイ仕事は辞められない?

2006年08月22日

■覚悟が足りない・・-02

小泉首相の執政について様々な批判がある。格差拡大,弱肉強食社会,地方の切り捨て等などである。確かにそういった側面は否めないと思う。
ただ,郵政問題,靖国問題,行政改革,及びその周辺課題では,自分の意見を推し進めてきたのは明白である。それをもっての批判であるが,強力に推し進めてきた姿は評価したいと個人的には思う。
郵政問題,刺客候補なんて言葉もあったが,あれは郵政改革をする小泉氏の覚悟に対して,反対派は自らの主張に対する覚悟が足りなかったのではないであろうか。だから,解散,選挙,非推薦となったときには慌てふためき,見苦しい姿を見せた。
靖国問題もそうだ。時期を変えたり着ていく服装を変えたりして批判者の反応を観察し,最後の最後に正装できっちり8月15日に参拝した。これも緻密な計算を背景にした覚悟の現われである。それに対して山崎氏や加藤氏が批判している。この両者は今では有力者と言われているが,平成12年に全国民を前にお涙頂戴の茶番劇「加藤の乱」で醜態を見せたことを考えると それこそ「だまっとれ」と批判されるのは無理ないことであろう。山崎氏などは加藤氏や小泉氏の陰に隠れて「副」の甘い汁を吸いながらセクハラ訴訟をおこされるだけの仕方の無い人である。加藤の乱の醜態は 結局 加藤・山崎両氏及びその周辺(そういえば,谷垣さんもその一派だったなあ)の覚悟が足りなかったのである。
政治家のみならず,私たちも何をするにしてもそれなりに覚悟を決めてかかるべきであるし,そうしなかったら,よそ目に美しく見えないであろう。そして信念を持って覚悟を決めたその結果は,それが失敗であるか否かは後世に委ねるしかない。

赤穂浪士 大石蔵之助の辞世の句
「あらたのし 心は晴れる身は捨つる 浮世の月に 陰る雲なし」

何ともいえない潔さを感じる。

■覚悟が足りない・・・・

近頃は何でも簡単になっている。結婚もそうだし,入試,就職も然りである。だから簡単にリセットしてしまう。ほんの20~30年前までは,何をするにしても決意と覚悟が求められた。
産経新聞の夕刊に「夕焼けエッセイ」という読者投稿の欄がある。先週だったか62歳の女性の投稿が印象に残っている。その方が30代の頃,なかなか進路が決まらない姿を見てそのお母さんが,「何やかや言い訳をしても 結局 あなたは覚悟が足りないのよ」と言われたという思い出である。
「覚悟が足りない・・・」以前は良く聞いていたような気がするが,最近は耳にすることも少なく,何だか懐かしく目を通した。

■死語って

私の友人が電車に乗ったとき ある若い男女が見苦しいくらいいちゃいちゃしていたらしい。帰宅して娘と嫁に「あんなアベック,ひんしゅくだ」などと話したところ,二人はふきだしたという。ふきだした理由は「アベック」という言葉。いまはカップルと呼び,アベックなんて言葉は,死語になっているというのである。

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2006年08月11日

■生ごみの腐敗

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事務所のバルコニーで生ごみを土に混ぜ込んで腐敗の実験をしている。厳格にデータを取るための実験ではなく,ある意味趣味的な実験である。この実験に思わぬ産物がある。

昨年スイカの種と皮を植木鉢の土に埋めておいた。それは多分2週間ぐらいで肥料となって腐敗したのである。今年になってそのスイカが2株芽を出した。そこで丁寧に育てるために毎朝水遣りをしていた。その後,花が咲いたが大体が雄花ばかりで,やはり肥料が少ないものとあきらめていた。ところが一輪の雌花が咲いた。そこで喜んで人口受粉をしたがその花は一日で枯れ果てて終わってしまった。さらに2週間ほどたって気づいたのであるが,その実は大きくなっていた。写真のような大きさである。一人前に縞模様がある。まぐれで出来たものであるが,やはりうれしい。どこまで大きくなるか,肥料が少ないためにあまり期待できないが,お盆くらいまでは水遣りに精を出そうと思う。

ついでの話,スイカやかぼちゃは雌花と雄花が咲いて,雌花が受粉しなかったら実がならないてな話を事務所の若い子にしたら「そうなんですか,よく知っていますね」なんて感心された。
おいおい,小学校3年生の知識だぞ!

2006年08月05日

■加賀の千代女

かがのちよじょ
元禄時代の俳人で加賀百万石のお膝元の人である。先日書いた

「とんぼつり きょうはどこまで いったやら」

は亡くなった子供(いつまでたっても帰ってこない)を思い出して読まれた俳句である。その他に有名なのが

「朝顔や つるべとられて もらい水」

これもやさしい俳句である。

加賀千代女こうしたやさしい俳句つくって,有名になったが,実はたいへんなブスであったらしい。巷で有名になった千代女を加賀の殿さんが城に呼び寄せ面会し賞賛したが,あまりにブスだったため,お手つきにはならなかったらしい。ブスの効用である。

しかし当時の女性は下膨れが好まれたらしい。ということは今とは違う。美意識とはまさに時代によって変遷する。これは建築でも美術でも同じである。
 土器を考えてみると最初は縄文式土器,そして 弥生式土器となるが,この違いはドラスティックなものである。縄文式土器も良く見るとディテールの美しさ,迫力ある美しさがある。

本当に美意識とはむつかしいものである。

2006年08月01日

■アゲハチョウ

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4年前に高知に行ったとき,みかんを買ってきた。その種をバルコニーの鉢に埋めておいたら5つくらい芽を出し,それが少しずつ大きくなってきた。バルコニーは10階にあるので,害虫に侵されずにすくすく育っている。ただ,鉢植えなので肥料が足りないのか,たぶん成長も遅いようである。4年目にもかかわらず大人のひざ小僧くらいである。その代わり,10階ということで害虫も来ない。\\n

と思っていたら,いつのまにか芋虫がついていた。アゲハチョウの幼虫である。黒いごま粒見たいなのが少しずつ大きくなって写真のような芋虫に成長した。ただ,黒ごまみたいな小さいのが10匹いたら,ちゃんと成長するのは3割くらいで たいてい飛んでくる鳥に食われているようだ。

芋虫→さなぎ→アゲハチョウという成長を見守るのも楽しみであるが,みかんの葉が冒されるのが難儀である。

みかんの木のしかもやわらかい新芽を集中的に食われるので木の成長がことごとく妨害される。

しかし,自然とはすごいものだ。ほんのかすかな木の匂いで蝶が卵を産みつける。帰ったところで鳥が幼虫を食べにくる。その一部はさなぎとなり,飛んでいく。まさに食物連鎖である。この小宇宙の中でも一番の被害者は,みかんの木であろう。せいぜい,肥料をやるしかない。

2006年06月29日

■講演会 in 枚方

5月の末の土曜日に枚方で公園をした。テーマは「安心でトラブルの無い住宅」で,
サブタイトルとして「悪質訪問リフォーム対策と建築協定違反対策」である。
約2時間弱の講演会であるが,聴衆者は結構熱心に聞いてくれた。メモなどとってくれたり,こちらのジョークに笑ってくれたりして
ちょっとサービスしすぎくらいのプロの裏話など話して時間は少なく感じた。
今度は「街づくり」などというテーマで,依頼を受けそうだ。

2006年06月28日

■夏の始まり

大阪の祭りは天王寺の愛染さんの祭りに始まり,南の住吉神社の祭りに終わるといわれている。私は住吉神社の近くに住んでいたので,小さいころは唯一緑豊かな住吉神社や住吉公園を夕暮れ遅くまで走り回っていた。主に神社の境内でセミ採りをしたり,池でトンボ釣りをするのである。
  当時は まだ 大阪市内にもギンヤンマが飛んできていた。夕暮れ ブリカンといって,1mほどの糸のついた輪ゴムに小さな釘を折り曲げて取り付け,飛んできたギンヤンマの鼻先に飛ばすと,蚊と間違えてヤンマがくらいつく。そして糸が絡まって落ちてくるのである。夕方にはどこからとも無く子供達が50人くらいあつまってきていた。ギンヤンマも羽が茶色を帯びたメスが上等なのだ。当時図鑑で調べてもギンヤンマの羽は透明だが,日に焼けるのか 茶色に変色するようである。翌朝,そのメスを糸でつないで池に飛んでくるオスのギンヤンマの前でとばすとオスが引っ付いてくる。それをつかまえるのだ。それをトンボ釣りとよんでいた。 私の大学は全国から集まってきていたのでこのトンボ釣りの話をしたら誰も知らないどころか,小さいときから助平だったと笑われたのにはちょっと驚いた。大阪の他の地域の友人も知らなかった。大阪市住吉だけの一部地域の遊びかと思っていたら,なんと 加賀千代女も俳句で詠っている。
http://www.c-able.ne.jp/~miwako/essay_miwa12.html
千代女は元禄時代の俳人だからその頃は少なくとも金沢では行われていたのであろう。
  その後 私の虫取りは我が子が生まれるまで封印されることになるのだが,残念なことにその頃にはギンヤンマの姿は市内では見られなくなった。それよりも
なんと あんなにむちゃくちゃいた「糸トンボ」すらも住吉神社の池では見られなくなってしまっている。   哀しい限りである

2006年06月25日

■比較的穏やかな6月

さて あいも変わらず更新が遅れてしまっている。皐月を書いていたらいつのまにか水無月も終わらんとし,七夕になろうとしている。この季節は鳥や昆虫などの生物が活発に活動する。たぶん人間も同様に無意識に活性化されているのだろう。7月にはいるとお祭りが多いのはそのせいかもしれない。有り余ったエネルギーを祭りで発散する,そういったメカニズムがいつのまにか習慣となり,祭りという形であらわれているのかもしれない。

大阪の祭りは北の天神祭りに始まり,南の住吉神社の祭りに終わるといわれている。私は住吉神社の近くに住んでいたので,小さいころは唯一緑豊かな住吉神社や住吉公園を夕暮れ遅くまで走り回っていた。主に神社の境内でセミ採りをしたり,池でトンボ釣りをするのである。\\n  当時は まだ 大阪市内にもギンヤンマが飛んできていた。夕暮れ ブリカンといって,1mほどの糸のついた輪ゴムに小さな釘を折り曲げて取り付け,飛んできたギンヤンマの鼻先に飛ばすと,蚊と間違えてヤンマがくらいつく。そして糸が絡まって落ちてくるのである。夕方にはどこからとも無く子供達が50人くらいあつまってきていた。ギンヤンマも羽が茶色を帯びたメスが上等なのだ。当時図鑑で調べてもギンヤンマの羽は透明だが,日に焼けるのか 茶色に変色するようである。翌朝,そのメスを糸でつないで池に飛んでくるオスのギンヤンマの前でとばすとオスが引っ付いてくる。それをつかまえるのだ。それをトンボ釣りとよんでいた。 私の大学は全国から集まってきていたのでこのトンボ釣りの話をしたら誰も知らない所か小さいときから助平だったと笑われたのにはちょっと驚いた。大阪の他の地域の友人も知らなかった。大阪市住吉だけの一部地域の遊びかと思っていたら,なんと 加賀千代女も俳句で詠っている。\\nhttp://www.c-able.ne.jp/~miwako/essay_miwa12.html
千代女は元禄時代の俳人だからその頃は少なくとも金沢では行われていたのであろう。\\n  その後 私の虫取りは我が子が生まれるまで封印されることになるのだが,残念なことにその頃にはギンヤンマの姿は市内では見られなくなった。それどころか なんと あんなにむちゃくちゃいた「糸トンボ」すらも住吉神社の池では見られなくなってしまった。・・・哀しいものだ・・・・

2006年05月21日

■荻生徂徠

荻生徂徠は儒学者として有名である。しかし私はその詳細は調べていないが,いつか調べたい。私の知っている荻生徂徠は忠臣蔵に出てくる。
 大石蔵之助以下47士が本懐を遂げた後,幕府は浪士の取扱いを決めかねていた。江戸の庶民や武士たちは当然拍手喝采であり,各藩から引き合いも多かった。時の将軍徳川綱吉(犬公方で有名)は,儒学者のアドバイザーである林○○の意見を聞き,浪士たちの名誉を守る方向で傾いていた。そうした時,荻生徂徠が「擬自律書」を提言したのである。内容は,情的には理解できるがこのまま放置すれば「法」がないがしろにされ,今後の御政道がゆがめられるというのである。
 しかし綱吉は動かなかった。そこで荻生徂徠が言ったのは「今の47士であれば問題ないが,今後この中の誰かが事件をおこしたりすると47士全員の名誉が傷つけられる」という内容であった。それにも理があり,結局 47士は切腹を命じられることになってが,その儚さが 今なお 赤穂浪士が指示される結果となっている。
 私が面白いと感じるのは,この原因を作ったのは,武家諸法度において「喧嘩両成敗」のルールがあるにもかかわらず,浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)だけを切腹させ,吉良上野介をお咎め無しとした綱吉の片手落ちの決定である。結局,荻生徂徠は最終的にその片手落ちをも是正したことになり,その先見の明はたいしたものである。

2006年05月20日

■卯の花と荻生徂徠

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 すでにご承知のようにおからとは豆腐の絞り粕で元々は大豆である。絞り粕といえどもまだまだ栄養が残っており 最近はおからビスケットやおからダイエットなどもある。
 江戸時代に荻生徂徠という儒学者が居た。父親は侍医であったが,将軍綱吉の激に触れ一家で本納村(現:茂原市本納)に移り住んだ。徂徠は青年期の13年間を本納で勉学に励み、その後江戸にもど儒学者としての道を開くことになるのである。よってその青年期は貧しさを強いられることになるのだが,近所の豆腐屋におからをもらってしのいだと言う話を聞いたことがある。
 幼い頃 その話を聞いた私は,母親に「これからおからばかりでいいよ」といったことがある,何とも単純な話であるが。。その時母親は「何言ってるの。おからは味食い虫といって,味付けにすごく調味料を使うのよ」と切り替えされた。後に知ることになるのだが,京料理の卯の花は,エイの脂肪で煮詰めて,みりん,しょうゆなどで味付けし,結構手間がかかるらしい。私の母親の場合,さばなどの煮魚の料理の後のあまった煮汁を利用して卯の花を作っていたようである。また,荻生徂徠はあの味気の無いおからを多分,しょうゆをつけただけで食していたと推測され,ますます その偉大さを垣間見ることが出来る。

2006年05月18日

■卯の花

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写真の出展  http://www.hijirigaoka.or.jp/  聖ヶ丘病院HPよりお借りしてます

卯の花のにおう垣根に・・・・という唱歌が残っているように卯の花の盛りである。卯の花は,うつぎのはなで宇津木とも空木とも書き,枝には竹のような空洞があるらしい。さて,おからの料理を「卯の花」と呼ぶのは,「カラ」をかけた洒落言葉であり何とも優雅な趣きがある。
大阪住吉神社には卯の花苑があり,常時は閉じられているが今の季節にのみ公開される。
4月は卯月で陰暦では今ごろになるらしい。四月生まれの私としてはこの卯の花のむっとした匂いは,少々苦手である。

■爽やかな5月

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五月のゴールデンウィーク,休んでいる人も居るしそうでない人も居る。
どちらにしてもそれぞれの時間を十分楽しむことだ
今年のゴールデンウィークはいい天気になりそう。

ちまたでは景気がよくなっているといわれているが,どうも実感として沸かないのが本音である。

しかしゴールデンウィ-クの人の流れを見ていると少しはよくなっているのかもしれない。

2006年05月02日

■目に青葉

いよいよ,五月に入った。ゴールデンウィークである。1・2日は仕事ながら3日から休むつもりである。
このブロッグの調子がよければの話だが。。。いまいちMT3.2の設定がわからない。多分WIN_serverとの相性の問題だろう

2006年04月17日

■じゃがりこについて

最近の子供に人気あるお菓子としてじゃがりこがある。大人が食べても結構いけると思う。しかも酒の肴にはぴったりだ。
酒の肴にぴったりということは,ぴりりと香辛料が利きすぎの感がある。
これを子供たちが食べつづけたら味覚が麻痺してしまうのではないか。
子供仕様に味を薄めたものを販売したほうがよいし,そうした区別化は,売りになるのじゃないだろうか?

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