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2006年09月15日

小学生女子達の会話

今日通勤途中の小学生中学年くらいの女の子の会話です。
「○○ちゃんのお母さんってお肌がすごくきれいね」
「△△ちゃんのお母さんこそ服のセンスがいいわ」

普段,相手が子どもだと思って気を抜くことの多い私は 少し ドキッとしました。
子ども達,特に女の子達はすごいところに意識がいっています。多分,家の中でお母さんに「□□チャンのお母さんのお肌のように,美しく手入れしてよ。お肌のお化粧品をナニナニに変えたらどうなの」なんてこと言ってるのでしょうか。
実際,忙しくなったら,化粧や髪の手入れなど抜いてしまいます。
今は「飲むコラーゲン」なんてのも売っているらしいけど,ちょっと試してみようかしら。

2006年09月14日

MT3.3のインストール

やっとMT3.3のインストールの大筋がわかってきました。はじめはある人に手伝ってもらってこのBlogを立ち上げました。でもBlogの概念も最初はわからず,また,Blog自身どのように継続するのかも疑問だったけどとりあえずBlogを立ち上げて続けていこうと思いました。で,今度は自分でMT3.3をインストールする方法を模索していたのです。今回別のURLでMT3.3のBlogをどうにかインストールすることができたのです。
次はこのMT3.3のBlogをつかってアフィリエイトを完成させることが目標です。実は以前MT3.2でもBlogを使っていたのですが,すぐにMT3.2からMT3.3への移行され,何も判らないままこれに移ったわけです。
よく知らないけどアフィリエイトはあくまでも趣味レベルで,気品のあるBulogにしていきたいと思います。

2006年09月13日

ゼロエミッション

ゼロエミッションとは各企業体から出る廃棄物をゼロにしようという運動である。工場などの大手メーカーでは,ほぼその体制が作られているようである。問題なのは現場施工の建築現場においてそれをしようという動きである。大手ゼネコンでもまだ数が少ない。
ゼロエミの定義は廃棄物の100%資源化で最終処分をゼロにすることである。ここで大林組のゼロエミ活動の一部を紹介する。
 取組みに際し,意識の共有化,発生抑制,効率的分別,再資源化の4ステップで始める。意識の共有ではその現場で働く職員,職人の意識向上を目指す。これによってこの現場だけでなく家庭や各職場にも持ち帰ることができる。
発生抑制については,建設廃棄物削減対策シート(ゼロエミシ-ト)を各協力事業所で作成する。簡単に言うと現場に持ち込む資材の現状→廃棄しなければならない材料の明確化→それをいかに削減するかという案→結果的に最終廃棄物がどれくらいになるかという試案で構成される。つまりこのシートを作成することによって具体的な廃棄物を浮かび上がらせ工夫をし,目標値を明確にすることになる。
発生対策では仮設材特に養生材料をどれだけ使い回しをすることができるか,また,材料の梱包材をいかに減らすかが目標になる。例えば従来のダンボールを通い箱変えることによってリサイクル率を上げるなどである。さらに石膏ボードなどの定着物を使って現場施工をなくすなどの工夫が考えられる。
効率的分別は「これは捨てえてはならない」「こんな状態で捨てる」「リサイクルでこうなる」といったイメージを抱かせながら,リサイクル工場に送り込める状態にするのである。
注目すべきは,一斉清掃などで集められた混合廃棄物を,まずはふるいにかけて砂を分別し,その後,磁石で金属を取り除き,最後に水で木を分別するという分別方法を採用した例がある。これはまさにリサイクル工場のミニ版である。
こうして考えると完全100%は無理であるかもしれないが,ほぼ目標値には到達することも可能である。
私が環境問題に取り組みだしたのは10年前であるが,そのときは否定材料ばかりだったが,なんだか感慨深い思いである。

2006年09月11日

道路脇に咲く野草

RIMG0706.JPG
最近は行政の予算が少ないから,歩道の植込みの手入れの回数が少ない。そのため道路脇には,どこからきたのか野草がちらほら咲いている。これが また 野性的で面白く,以外に美しい。たぶん,野鳥が糞とともにちりばめたのだと思うが,野草の力強さを感じる。これらの野草は鳥の糞でばら撒かれたのだから,実を結ぶ植物が多い。これまた美味しそうである。鳥が食しても問題な猪のだから人間も食べても問題なさそうだが,ちょっと勇気が湧かない。

2006年09月09日

■ブラームス

私がクラッシク音楽に興味を持ち出したのは高校一年のとき,ある友人から[シンフォニーから入るほうがはいりやすい」とベートーベンの交響曲第3,第5のレコードを借りたのが,最初だった。いわゆる田園と運命(だったかな)。でそのご,新古典主義といわれているブラームスに行き着くわけだが,ブラームスの何がいいって,行き方にある意味共感できるところがある。ブラームスはベートーベンが隙だったと思うけどベートーベンほど天才肌じゃないことも承知した上で,絶え間のない努力をしていた。交響曲第4なんて何年も寝かして完成させたものだ。でも私の一番好きなのは,ハイドンの主題による序曲ってもの。これを聞いていると大理石に囲まれた部屋で貴族達が室内楽を聞いているイメージがふつふつと伝わってくる。そして,コーヒーでなく紅茶を飲むとなんとなく優雅な気分になれるのだ。忙しい仕事の合間にちょっとこんなのをきくのもよい。