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2006年08月27日

■髪型

自分の希望とは違う髪形にされ、東京・渋谷の美容院に損害賠償を求めたキャバクラ嬢を覚えているだろうか。24日、この訴訟の2審判決が言い渡され、東京高裁は美容院側の控訴を棄却。約24万円の支払いを命じた1審判決を支持した。
これでキャバクラ嬢の2連勝。1審判決の時は、全国紙にまで報じられ、すっかり時の人となった彼女は「日本一有名なキャバクラ嬢」などと騒がれ、一部メディアに私生活のことまであれこれ書かれたものだ。日刊ゲンダイ本紙の取材にも「ホント、綾小路きみまろみたいな髪にされちゃったんです!」「髪が元通りになるまでエクステンション代だけで月に6万~7万円。24万円でもホントは足りないんですよ」と怒りをブチまけていたが、今はどうしているのか。 御年27歳。「キャバクラ嬢も“引退”かな」と思いながら、所属していた歌舞伎町の高級キャバクラをのぞいたら……。まだ、同じ店で働いていた!
店のHPには彼女の日記が掲載してあり、最近は「めちゃくちゃだるい」とお疲れ気味。だが、2審判決のあった24日には「今日うれしいことあったんだ」と書かれてあった。
判決文によると、彼女は月に200万円を稼ぐこともあるんだとか。やっぱり、オイシイ仕事は辞められない?

■意味なく泣く子

子供は意味なく泣くことがある。本当は何らかの意味を発信しているのであるが大人にはそれが理解できない。本当に理解できない。私の母はそんな時黙って抱きしめろという。
姉の子がそれまできゃっきゃと笑って遊んでいたのに,何かの瞬間ワンワン泣き出した。姉も私も意味がわからない。「もう知らないわ!」と姉がさじを投げたとき,母はおもむろにその子を抱きしめた。ただ黙って抱きしめた。ほんの数分もたっただろうか,その子は母の腕の中で立ちながらスヤスヤと眠ってしまった。私は魔法を見ているような気がした。
無言の女性の愛,これは摩訶不思議である。

2006年08月26日

■SIMロック解除

今朝の新聞に載っていた。

GSM携帯電話などに携帯電話会社がかけているSIMのロックを解除して、SIMロックフリーの端末にすること。SIMロックを解除すると、SIMカードをどのGSM電話機に挿入しても自分の電話機として利用することができる。

ヨーロッパ系の携帯はフリーらしいが,日本の携帯は著作権を守るためにロックがかかっているようだ。これをはずせば国際電話が国内電話並みに使えるという。ある意味,知識の勝利といえるが,ある意味著作権の侵害で,新しい技術の萌芽を妨げる。嘆かわしい。
デザインの世界でも,そのようなことは頻繁に行われてきた。ITの特にソフトの分野で今は過渡期だから今後も起こり得ることであろう・

2006年08月25日

■様々な人生

今日,あるところで面白い人と会談した。
面白いのはその人の経歴である。大学を卒業したのち,あるボーリング会社に就職,そこでアフリカ_リビアに派遣され,ボーリング調査の毎日。ある時,カダフィ大佐がボーリングの現場を視察。結構気に入ってもらったらしい。その後,沖縄に渡り,ある旅館で働く。その旅館は離れ小島の無人島で牛の放し飼いをしており,その人手が足りないからとそちらにいかないかというお誘いがある。ちょっと興味が湧いたので了解のサインを送ると,早速翌日には二人乗りの小さい船でその島まで運ばれること2時間。ついた先には3人の男が働いており,その下で牛の種付けを担当する。毎日種付けばかりで,自分の行き方に疑問を抱きつつも,船がないので脱出できず。

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2006年08月24日

■設計依頼について

建築生産行為は大きく2つに分かれる。設計行為と建築工事である。
前者は建築事務所が行い,後者は工務店,ゼネコンが行う。その依頼の仕方であるが法的に言うと前者は「委託」であり,後者は「請負」となる。設計行為をさらに分けると設計と監理(管理ではない)に分けられる。

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■原風景

堺の町を歩いた。ふと気づくと あちこちに与謝野晶子の碑文がある。その中で印象に残ったのは次の二首である。

海こいし 潮の遠鳴り かぞへつつ,少女となりし 父母の家
ふるさとの 潮の遠音のわが胸に ひびくをおぼゆ 初夏の雲

晶子は「潮の音」を原風景のスウィチャーとして持っており,イメージから故郷の海への憬れを思い描いたようである。

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2006年08月22日

■覚悟が足りない・・-02

小泉首相の執政について様々な批判がある。格差拡大,弱肉強食社会,地方の切り捨て等などである。確かにそういった側面は否めないと思う。
ただ,郵政問題,靖国問題,行政改革,及びその周辺課題では,自分の意見を推し進めてきたのは明白である。それをもっての批判であるが,強力に推し進めてきた姿は評価したいと個人的には思う。
郵政問題,刺客候補なんて言葉もあったが,あれは郵政改革をする小泉氏の覚悟に対して,反対派は自らの主張に対する覚悟が足りなかったのではないであろうか。だから,解散,選挙,非推薦となったときには慌てふためき,見苦しい姿を見せた。
靖国問題もそうだ。時期を変えたり着ていく服装を変えたりして批判者の反応を観察し,最後の最後に正装できっちり8月15日に参拝した。これも緻密な計算を背景にした覚悟の現われである。それに対して山崎氏や加藤氏が批判している。この両者は今では有力者と言われているが,平成12年に全国民を前にお涙頂戴の茶番劇「加藤の乱」で醜態を見せたことを考えると それこそ「だまっとれ」と批判されるのは無理ないことであろう。山崎氏などは加藤氏や小泉氏の陰に隠れて「副」の甘い汁を吸いながらセクハラ訴訟をおこされるだけの仕方の無い人である。加藤の乱の醜態は 結局 加藤・山崎両氏及びその周辺(そういえば,谷垣さんもその一派だったなあ)の覚悟が足りなかったのである。
政治家のみならず,私たちも何をするにしてもそれなりに覚悟を決めてかかるべきであるし,そうしなかったら,よそ目に美しく見えないであろう。そして信念を持って覚悟を決めたその結果は,それが失敗であるか否かは後世に委ねるしかない。

赤穂浪士 大石蔵之助の辞世の句
「あらたのし 心は晴れる身は捨つる 浮世の月に 陰る雲なし」

何ともいえない潔さを感じる。

■覚悟が足りない・・・・

近頃は何でも簡単になっている。結婚もそうだし,入試,就職も然りである。だから簡単にリセットしてしまう。ほんの20~30年前までは,何をするにしても決意と覚悟が求められた。
産経新聞の夕刊に「夕焼けエッセイ」という読者投稿の欄がある。先週だったか62歳の女性の投稿が印象に残っている。その方が30代の頃,なかなか進路が決まらない姿を見てそのお母さんが,「何やかや言い訳をしても 結局 あなたは覚悟が足りないのよ」と言われたという思い出である。
「覚悟が足りない・・・」以前は良く聞いていたような気がするが,最近は耳にすることも少なく,何だか懐かしく目を通した。

■死語って

私の友人が電車に乗ったとき ある若い男女が見苦しいくらいいちゃいちゃしていたらしい。帰宅して娘と嫁に「あんなアベック,ひんしゅくだ」などと話したところ,二人はふきだしたという。ふきだした理由は「アベック」という言葉。いまはカップルと呼び,アベックなんて言葉は,死語になっているというのである。

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2006年08月15日

■沖縄3

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那覇空港 内部空間-1

■沖縄2

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那覇空港のもうひとつの方向。

■沖縄

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沖縄,那覇空港の写真。
南国の明るい日差しを全面的に取入れた開放感ある空間である。
全体的にはアイボリーを基準にした色使いで,ポイントカラーとして緑の出入り口の庇,ワンポイントカラーとしてその補色の赤を使うことによってよって上品な印象を与えている。

2006年08月11日

■生ごみの腐敗

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事務所のバルコニーで生ごみを土に混ぜ込んで腐敗の実験をしている。厳格にデータを取るための実験ではなく,ある意味趣味的な実験である。この実験に思わぬ産物がある。

昨年スイカの種と皮を植木鉢の土に埋めておいた。それは多分2週間ぐらいで肥料となって腐敗したのである。今年になってそのスイカが2株芽を出した。そこで丁寧に育てるために毎朝水遣りをしていた。その後,花が咲いたが大体が雄花ばかりで,やはり肥料が少ないものとあきらめていた。ところが一輪の雌花が咲いた。そこで喜んで人口受粉をしたがその花は一日で枯れ果てて終わってしまった。さらに2週間ほどたって気づいたのであるが,その実は大きくなっていた。写真のような大きさである。一人前に縞模様がある。まぐれで出来たものであるが,やはりうれしい。どこまで大きくなるか,肥料が少ないためにあまり期待できないが,お盆くらいまでは水遣りに精を出そうと思う。

ついでの話,スイカやかぼちゃは雌花と雄花が咲いて,雌花が受粉しなかったら実がならないてな話を事務所の若い子にしたら「そうなんですか,よく知っていますね」なんて感心された。
おいおい,小学校3年生の知識だぞ!

2006年08月05日

■加賀の千代女

かがのちよじょ
元禄時代の俳人で加賀百万石のお膝元の人である。先日書いた

「とんぼつり きょうはどこまで いったやら」

は亡くなった子供(いつまでたっても帰ってこない)を思い出して読まれた俳句である。その他に有名なのが

「朝顔や つるべとられて もらい水」

これもやさしい俳句である。

加賀千代女こうしたやさしい俳句つくって,有名になったが,実はたいへんなブスであったらしい。巷で有名になった千代女を加賀の殿さんが城に呼び寄せ面会し賞賛したが,あまりにブスだったため,お手つきにはならなかったらしい。ブスの効用である。

しかし当時の女性は下膨れが好まれたらしい。ということは今とは違う。美意識とはまさに時代によって変遷する。これは建築でも美術でも同じである。
 土器を考えてみると最初は縄文式土器,そして 弥生式土器となるが,この違いはドラスティックなものである。縄文式土器も良く見るとディテールの美しさ,迫力ある美しさがある。

本当に美意識とはむつかしいものである。

2006年08月01日

■アゲハチョウ

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4年前に高知に行ったとき,みかんを買ってきた。その種をバルコニーの鉢に埋めておいたら5つくらい芽を出し,それが少しずつ大きくなってきた。バルコニーは10階にあるので,害虫に侵されずにすくすく育っている。ただ,鉢植えなので肥料が足りないのか,たぶん成長も遅いようである。4年目にもかかわらず大人のひざ小僧くらいである。その代わり,10階ということで害虫も来ない。\\n

と思っていたら,いつのまにか芋虫がついていた。アゲハチョウの幼虫である。黒いごま粒見たいなのが少しずつ大きくなって写真のような芋虫に成長した。ただ,黒ごまみたいな小さいのが10匹いたら,ちゃんと成長するのは3割くらいで たいてい飛んでくる鳥に食われているようだ。

芋虫→さなぎ→アゲハチョウという成長を見守るのも楽しみであるが,みかんの葉が冒されるのが難儀である。

みかんの木のしかもやわらかい新芽を集中的に食われるので木の成長がことごとく妨害される。

しかし,自然とはすごいものだ。ほんのかすかな木の匂いで蝶が卵を産みつける。帰ったところで鳥が幼虫を食べにくる。その一部はさなぎとなり,飛んでいく。まさに食物連鎖である。この小宇宙の中でも一番の被害者は,みかんの木であろう。せいぜい,肥料をやるしかない。