■子どもの挨拶
子どもに限らず最近の大人も挨拶ができない人が多い。と嘆く前に,挨拶してみることである。
挨拶は
したもの勝ちである。特に子どもの前では親が意識的に挨拶したら,その軽快さと心地よさに気づき子どもも必ず実行するはずである。良い習慣は親が見本を見せるべきだ。
« 2006年04月 | メイン | 2006年06月 »
子どもに限らず最近の大人も挨拶ができない人が多い。と嘆く前に,挨拶してみることである。
挨拶は
したもの勝ちである。特に子どもの前では親が意識的に挨拶したら,その軽快さと心地よさに気づき子どもも必ず実行するはずである。良い習慣は親が見本を見せるべきだ。
荻生徂徠は儒学者として有名である。しかし私はその詳細は調べていないが,いつか調べたい。私の知っている荻生徂徠は忠臣蔵に出てくる。
大石蔵之助以下47士が本懐を遂げた後,幕府は浪士の取扱いを決めかねていた。江戸の庶民や武士たちは当然拍手喝采であり,各藩から引き合いも多かった。時の将軍徳川綱吉(犬公方で有名)は,儒学者のアドバイザーである林○○の意見を聞き,浪士たちの名誉を守る方向で傾いていた。そうした時,荻生徂徠が「擬自律書」を提言したのである。内容は,情的には理解できるがこのまま放置すれば「法」がないがしろにされ,今後の御政道がゆがめられるというのである。
しかし綱吉は動かなかった。そこで荻生徂徠が言ったのは「今の47士であれば問題ないが,今後この中の誰かが事件をおこしたりすると47士全員の名誉が傷つけられる」という内容であった。それにも理があり,結局 47士は切腹を命じられることになってが,その儚さが 今なお 赤穂浪士が指示される結果となっている。
私が面白いと感じるのは,この原因を作ったのは,武家諸法度において「喧嘩両成敗」のルールがあるにもかかわらず,浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)だけを切腹させ,吉良上野介をお咎め無しとした綱吉の片手落ちの決定である。結局,荻生徂徠は最終的にその片手落ちをも是正したことになり,その先見の明はたいしたものである。
すでにご承知のようにおからとは豆腐の絞り粕で元々は大豆である。絞り粕といえどもまだまだ栄養が残っており 最近はおからビスケットやおからダイエットなどもある。
江戸時代に荻生徂徠という儒学者が居た。父親は侍医であったが,将軍綱吉の激に触れ一家で本納村(現:茂原市本納)に移り住んだ。徂徠は青年期の13年間を本納で勉学に励み、その後江戸にもど儒学者としての道を開くことになるのである。よってその青年期は貧しさを強いられることになるのだが,近所の豆腐屋におからをもらってしのいだと言う話を聞いたことがある。
幼い頃 その話を聞いた私は,母親に「これからおからばかりでいいよ」といったことがある,何とも単純な話であるが。。その時母親は「何言ってるの。おからは味食い虫といって,味付けにすごく調味料を使うのよ」と切り替えされた。後に知ることになるのだが,京料理の卯の花は,エイの脂肪で煮詰めて,みりん,しょうゆなどで味付けし,結構手間がかかるらしい。私の母親の場合,さばなどの煮魚の料理の後のあまった煮汁を利用して卯の花を作っていたようである。また,荻生徂徠はあの味気の無いおからを多分,しょうゆをつけただけで食していたと推測され,ますます その偉大さを垣間見ることが出来る。
いよいよ,五月に入った。ゴールデンウィークである。1・2日は仕事ながら3日から休むつもりである。
このブロッグの調子がよければの話だが。。。いまいちMT3.2の設定がわからない。多分WIN_serverとの相性の問題だろう